「夢遊病者の死」(江戸川乱歩)

夢遊病を扱った、乱歩のもう一つの作品

「夢遊病者の死」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第1巻」)光文社文庫

夢遊病の癖のある彦太郎は、
それがもとで
奉公先から暇を出される。
しかし彼はその事情を
父親に話すことができず、
家ではいつも父親と
口論ばかりしていた。
ある朝、彼が目覚めたとき、
父親は庭先で冷たくなっていた…。

以前取り上げた「二癈人」同様、
夢遊病を扱った推理小説です。
「二癈人」の井原の夢遊病は
でっち上げでしたが、
彦太郎の場合は本物です。
発作中に、人様の物を
失敬してくることが重なり、
彼は奉公先をクビにされるのです。

「二癈人」は推理小説というよりも、
登場人物二人の心理劇としての
側面が強かったのですが、
本作品は二つのトリック(といっても
犯人が隠蔽のために用いたものでは
ないのですが)が用いられ、
推理小説の体をなしています。

父親の死体のそばにあった足跡は、
彦太郎の家の玄関から出て
玄関へと戻っている。
それは下駄の足跡であり、
朝の遺体発見時に履いていた
履き物とは違う。
これはおそらく夜中に発作が起こり、
自分がその下駄の方を履いて
やったことに違いないと、
彼は思い込むのです。
そして逃亡の末、命を落とします。

ネタばれになってしまうのですが、
結末ではこの一件が事故
(正確には過失致死?)であることが
判明します。
足跡の謎、結果的に凶器となった物、
それが本作品のトリックとなっていて、
謎解きの要素を創りだしています。

とはいえ、これだけなので
現代のミステリーを
読み慣れている方にとっては
つまらなく感じられるかも知れません。
本作品の一年前に発表された
「二癈人」と比較しても
面白さは今一つです。

しかし、
収録されている「自作解説」を読むと、
いくつか面白い記述が見られます。
「持ち込みでもなく、
他人の世話にもならず、
先方からお目がねで
原稿の依頼を受けたのは、
これが最初であった」。
つまり、
乱歩が作家として一人前であると
認められ始めた時期の作品なのです。
「こういうトリックだけの純探偵小説は
一向に歓迎されなかった。
そこに、私が
怪奇小説ばかり書くようになった
一半の理由があったようである」。
後のどろどろした、
いかにも乱歩らしい
猟奇的犯罪を扱った路線に
舵を切るきっかけとなった
作品でもあるのです。

本作品が発表された大正期は、
日本のミステリー(当時は
推理小説・探偵小説・犯罪小説という
言葉しかなかったが)の黎明期です。
乱歩が試行錯誤の末に
生み出した短篇作品。
背景を考えると、
味わいが増してきます。

(2018.11.18)

【青空文庫】
「夢遊病者の死」(江戸川乱歩)

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